大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和48年(ワ)293号 判決

甲事件原告

花岡りつ

甲事件原告・乙事件被告

安楽昭男

甲事件被告

植田一

乙事件原告

本庄志ずゑ

ほか一名

主文

一  甲事件につき

1  被告植田は、原告花岡に対し金三九三万一八四〇円及び内金三五八万一八四〇円に対する昭和四八年四月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、原告安楽に対し金二二万八九三六円及び内金二〇万八九三六円に対する昭和四八年四月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告花岡、同安楽のその余の各請求を棄却する。

3  訴訟費用は、各原告と被告植田との間においてそれぞれこれを五分し、その二を同被告の、その余を各原告の各負担とする。

二  乙事件につき

1  被告安楽は、原告本庄志ずゑに対し金二九万一八〇四円及び内金二六万一八〇四円に対する昭和四六年一一月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、原告本庄郁雄に対し金三五万三六〇七円及び内金三二万三六〇七円に対する昭和四六年一一月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告志ずゑ、同郁雄のその余の各請求を棄却する。

3  訴訟費用は、各原告と被告安楽との間においてそれぞれこれを六分し、その一を同被告の、その余を各原告の各負担とする。

三  この判決は主文第一、二項の各1に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立て

一  甲事件につき

(原告花岡、同安楽)

1  被告植田は、原告花岡に対し金八九四万九三一七円及び内金八四四万九三一七円に対する昭和四八年四月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、原告安楽に対し金一三二万二七三一円及び内金一二二万二七三一円に対する昭和四八年四月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告植田の負担とする。

(被告植田)

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  乙事件につき

(原告本庄志ずゑ、同郁雄)

1  被告安楽は、原告らに対しそれぞれ金二〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一一月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告安楽の負担とする。

3  仮執行の宣言。

(被告安楽)

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二甲事件に関する当事者の主張

(原告らの請求原因)

一  事故の発生

原告らは次の交通事故により負傷した。

(一) 日時 昭和四六年一一月一七日午後零時四五分頃

(二) 場所 滋賀県伊香郡高月町高月地先国道八号線路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(滋五ほ四一三一号、以下乙車という。)

運転者 訴外本庄春雄

(四) 被害車 普通乗用自動車(神五す二六〇〇号、以下甲車という。)

運転者 原告安楽

同乗者 原告花岡

(五) 態様 南より北進中の乙車が中央線を超えて対向車線内に侵入し、折柄北より南に向け対向して進行してきた甲車と衝突した。

(六) 傷害の部位・程度(治療の経過)

1 原告花岡は、顔面多発性切挫創、右第二肋骨骨折、右腸骨寛骨旧粉砕骨折、股関節脱臼、右大腿骨大転子骨折等の傷害を受け、昭和四六年一一月一七日より同年同月一九日まで三日間伊香病院(滋賀県伊香郡木之本町所在)に入院し、右同日より昭和四七年七月六日まで二三一日間吉田病院(神戸市兵庫区福原町所在)に入院し、同年同月七日より同年八月三一日まで四一回同病院に通院して治療に努めた結果、同日頃症状が固定し、顔面の著しい醜痕、右下肢短縮(四センチ)、右股関節変形症、歩行痛、関節運動障害、右膝関節拘縮屈伸不十分、右腓骨神経麻痺による右足関節運動障害等の自賠法施行令別表の六級に該当する後遺症が残つた。

2 原告安楽は、顔面頭部挫創、下口唇粘膜裂創、頸部捻挫前胸部打撲傷、上下門歯歯槽突起骨折、右前腕・右膝部擦過創等の傷害を受け、昭和四六年一一月一七日より同年同月一九日まで三日間前記伊香病院に入院し、右同日より同年一二月一日まで一三日間前記吉田病院に入院し、同年一二月三日より昭和四七年四月七日まで一九回同病院に通院し、さらにこの間同年一月七日より同年三月七日まで二四回吉村歯科医院(神戸市灘区福住町所在)に通院して治療に努めた結果、同年四月七日頃症状が固定し、七歯の要歯科補綴等の自賠法施行令別表の一一級に該当する後遺症が残つた。

二  被告植田の責任

被告植田は、次の理由に基づき、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(一) 乙車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の運行供用者責任。

(二) 自己の営む土木建築業の事業の執行につき訴外本庄をして乙車を運行させていたものであるから、民法七〇九条、七一五条、七一九条の不法行為責任。

三  損害

(一) 原告花岡について

1 治療関係費 金二九四万九三一九円

(1) 治療費 金二〇〇万七四一九円

伊香病院 金三万八八六五円

吉田病院 金一九六万八五五四円

(2) 個室料 金三八万四〇〇〇円

吉田病院の入院中個室を必要とした昭和四六年一二月二八日より昭和四七年七月六日までの一九二日間につき一日当り金二〇〇〇円の割合で支出した費用。

(3) 付添看護費 金四六万三〇〇〇円

吉田病院の入院中雇つた付添看護人に支払つた費用。

(4) 入院雑費 金六万九九〇〇円

全入院期間の二三三日間につき一日当り金三〇〇円の割合で要した費用。

(5) 交通費 金二万五〇〇〇円

2 逸失利益 金五九八万円

左記(1)及び(2)の合計金一一四五万一〇〇〇円のうち、本訴においては金五九八万円を請求する。

(1) 休業損害 金三〇〇万円

原告花岡は、本件事故当時、神仏宗阿弥陀仏教の教祖として稼働し、一か月約金一五万円の布施収入を得ていたところ、本件受傷の治療に伴い、昭和四六年一一月一七日より昭和四七年八月三一日までの二〇か月間にわたつて休業を余儀なくされ、合計金三〇〇万円の得べかりし収入を得られなかつた。

(2) 後遺症による逸失利益 金八四五万一〇〇〇円

原告花岡は、前記後遺症により、労働能力の五〇パーセントを喪失し、右喪失状態は昭和四七年九月一日より同人が七〇歳に達するまでの一三年間継続すると解されるから、この間の逸失利益の現価をホフマン式計算により算出すると、金八四五万一〇〇〇円となる。

3 慰藉料 金三五〇万円

4 損害の填補 金三九八万円

原告花岡は、本件受傷につき、自賠責保険より合計金三九八万円の給付を受けた。

5 弁護士費用 金五〇万円

(二) 原告安楽について

1 治療関係費 金二四万九四八六円

(1) 治療費 金二三万六〇八六円

伊香病院 金二万五五〇九円

吉田病院 金一三万二八七七円

吉村歯科医院 金七万七七〇〇円

(2) 入院雑費 金八〇〇〇円

全入院期間の一六日間につき一日当り金五〇〇円の割合で要した費用。

(3) 通院交通費 金五四〇〇円

タクシー通院三日間(一回当り金五五〇円)に要した金三三〇〇円と電車通院二一日間(一回当り金五〇円)に要した金二一〇〇円の合計。

2 逸失利益 金一一〇万円

(1) 休業損害 金五〇万円

原告安楽は、本件事故当時、洋服店を経営し、一か月金一〇万円を下らない純益をあげていたところ、本件受傷の治療に伴い、昭和四六年一一月一七日より昭和四七年四月七日まで休業を余儀なくされ、この間金五〇万円の得べかりし利益を失つた。

(2) 後遺症による逸失利益 金六〇万円

原告安楽は、前記後遺症により、平均一五パーセント程度の収入の減少を来し、この減収状態は六年間継続すると考えられるから、この間の逸失利益の現価をホフマン式計算により算出すると、金九二万三四〇〇円となるので、本訴ではこのうち金六〇万円を請求する。

3 慰藉料 金一一〇万円

4 損害の填補 金一二二万六七五四円

原告安楽は、本件受傷につき、自賠責保険より合計金一二二万六七五四円の給付を受けた。

5 弁護士費用 金一〇万円

四  結論

よつて、原告らは被告植田に対し、以上差引損害の合計(原告花岡につき金八九四万九三一七円、原告安楽につき金一三二万二七三一円)とこれより弁護士費用を控除した残額(原告花岡につき金八四四万九三一七円、原告安楽につき金一二二万二七三一円)に対する訴状送達の日の翌日である昭和四八年四月一八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告植田の答弁と主張)

一  請求原因に対する答弁

請求原因一の事実中、(一)ないし(四)の事実は認めるが、同(五)の事実は否認し、同(六)の事実は知らない。同二の事実中、被告植田が乙車を所有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。同三の事実は知らない。

二  積極的主張

(一) 無断運転

訴外本庄は、被告植田に無断で乙車を運転し本件事故を惹起させたものであつて、その運行は被告植田の意思に基づかず、運行支配は喪失していたとみるべきであるから、被告植田は本件事故当時における乙車の運行供用者ではない。

(二) 免責

仮に、被告植田が運行供用者であつたとしても、自賠法三条ただし書に従い免責される。すなわち本件事故当時、現場附近の南行車線の路肩から車遭にはみ出してリヤカーが一台置かれていたところ、甲車の運転者である原告安楽は、前方を十分注視することなく右現場に接近し、進路前方のリヤカーを避けようとして急拠ハンドルを右に切つて中央線を超えたため、対向して進行して来た訴外本庄運転の乙車と衝突し本件事故の発生をみたものである。このように本件事故は専ら原告安楽の過失に起因するものであつて、被告植田及び訴外本庄には乙車の運転上の過失はなく(就中原告らが主張するごとき乙車の中央線侵出の事実はない。)、かつ乙車には構造上の欠陥又は機能の障害もなかつた。

(被告植田の主張に対する原告らの答弁)

一  無断運転の主張事実は争う。被告植田は、訴外本庄に対し乙車の使用を明示的に承諾していたものである。仮に然らずとするも、訴外本庄と被告植田とは義兄弟の親密な関係にあり、かつ訴外本庄は被告植田の住所地の近くに居住して同人の土建業を常時アルバイト的に手伝つていたこと、訴外本庄は被告植田の承諾のあることを当然の前提として乙車を運転していたものであること等の諸事実に照らせば、被告植田は訴外本庄の乙車の運転を黙示的に承諾していたものであつて、被告植田は運行支配を失つてはいなかつたというべきである。

二  免責の抗弁事実は否認する。訴外本庄に運転上の過失のあることは前述のとおりであるから、被告植田が免責される余地はない。

第三乙事件に関する当事者の主張

(原告らの請求原因)

一  事故の発生

訴外本庄春雄は、甲事件に関する請求原因一に記載した交通事故(ただし、その態様の点を除く。)により即時事故現場で死亡した。右事故の態様は、甲事件における被告植田の免責の主張欄に述べたとおりである。

二  被告安楽の責任

被告安楽は、次の理由に基づき、本件事故によつて訴外本庄ないしその相続人に生じた損害を賠償する責任がある。

(一) 甲車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の運行供用者責任。

(二) 甲車を運転するに際し安全運転義務に違反した過失があるから、民法七〇九条の不法行為責任。

三  損害

(一) 逸失利益

訴外本庄は、死亡時四九歳の健康な男子で、食料品販売業とタバコ販売業を営み、一か月金一〇万円を下らない純益(一か月の総売上げ高は約金一〇〇万円、利益率は二五パーセントであるから月間純益は金二五万円となるし、昭和四六年度の賃金センサスによつても対応年齢男子労働者の月平均収入は金一二万六四二五円であるから、予備的にこの金額を主張する。)を得て、その三分の一を生活費に充てていたところ、本件事故に遭遇しなければ、満六三歳までの一四年間にわたつて右生活費を控除した差引純益を得られた筈であるから、この間における逸失利益の現価をホフマン式計算により算出すると、金八三二万七二〇〇円となる。

ところで、原告志ずゑは同人の妾であり、原告郁雄は同人の長男であつて右両名はその相続人の全部であるから、訴外本庄の右逸失利益の賠償請求権につき、原告志ずゑにおいて三分の一に相当する金二七七万五七三三円、原告郁雄において三分の二に相当する金五五五万一四六六円宛相続したものというべきである。

(二) 葬儀費用

原告志ずゑはこの点につき金三〇万円を支出した。

(三) 慰藉料

原告らそれぞれにつき金二五〇万円が相当である。

(四) 損害の填補

原告らは自賠費保険より金五〇〇万円の給付を受けたので、これを原告志ずゑの損害につき金一六六万六六六六円、原告郁雄の損害につき金三三三万三三三三円宛充当する。

(五) 弁護士費用

原告志ずゑにつき金二〇万円、原告郁雄につき金一〇万円が相当である。

四  結論

よつて、原告らは被告安楽に対し、以上差引損害の合計(原告志ずゑにつき金四一〇万九〇六七円、原告郁雄につき金四八一万八一三三円)のうちそれぞれ金二〇〇万円とこれに対する本件事故発生の日である昭和四六年一一月一七日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告安楽の答弁と主張)

一  請求原因に対する答弁

請求原因一の事実中、主張の事故態様は否認し、その余の事実は認める。同二の事実中、被告安楽が甲車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余の事実は争う。同三の事実中、(四)の事実並びに原告らとその訴訟代理人間の弁護士費用契約の存在は認めるが、その余の事実は知らない。

二  免責

本件事故は、訴外本庄が乙車を運転して北進中急激に中央線を超え対向車線に侵入し折柄南進中の甲車に衝突してきたものであつて、甲車の運転者被告安楽としては衝突回避の措置をとる余地が全くなく、従つて運行上の注意を怠つていなかつたとみるべきである。そして甲車には機能上の障害、構造上の欠陥はなかつたから、被告安楽は自賠法三条ただし書に従い免責される。

(被告安楽の主張に対する原告らの答弁)

免責の抗弁事実は否認する。被告安楽に運転上の過失が免れないことは前述のとおりである。

第四証拠関係〔略〕

理由

(ことわり書き)

以下事実認定に供する証拠は、併合前の乙事件関係で提出援用されたものについてのみ、例えば、「甲第一号証(乙事件)」のごとく注記して表示することとし、特にことわらないものはすべて併合前の甲事件関係で提出援用された証拠を示す。

第一甲事件について

一  事故の発生

昭和四六年一一月一七日午後零時四五分頃滋賀県伊香郡高月町高月地先国道八号線路上において、訴外本圧春雄が運転する南より北進中の乙車と、原告安楽が運転し原告花岡が同乗する北より南進中の甲車が衝突し、原告らが負傷したことは当事者間に争いがなく、原告らの傷害の部位・程度(治療の経過)が原告ら主張のとおりであることは、〔証拠略〕によりこれを認めることができる。

二  事故の態様

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は、長浜方面より木之本方面へ通じ平担なアスフアルト舗装で歩車道の区別のない南北道路(国道八号線)のうち、高月町役場前より約二〇〇メートル南方の地点であること、附近の道路は一直線状で見とおしが良く、車道幅員は六・四五メートルであり、うち北行は三・二〇メートル、南行は三・二五メートルでその中央には黄色ペンキで追越禁止規制を表示する中央線が引かれ、路肩は白色の車道外側線で車道と区分された幅一・〇五メートルの帯状部分となつていること、原告安楽は、甲車を運転し時速約六〇キロで訴外山田喜一郎運転のライトバンの後方約四五メートルの間隔をおいてこれに追従し南行車線の中央線寄りを走行し事故現場手前に差しかかつたものであること、訴外本庄は乙車を運転しほぼ同速度で北行車線を走行していたが、その進路上は直前の先行車がない状況であつたこと、両車の事故後の停止状況は、甲車が東側の車道外側線をぎかつこれと約三〇度の角度を成してその後部を斜めに左に振り、その右前部は中央線より約八〇センチ離れた位置に停止し、乙車が甲車の右前方北行車線内にその後部を車道外側線に対し右甲車の場合よりは緩かな角度で斜めに左に振り、かつその右前部は中央線より約一メートル離れた位置に停止していたこと、しかし乙車がマツダボンゴ一一〇〇ccで積荷はなく運転者一名であるのに対し、甲車はトヨペツト一五〇〇ccで運転者、同乗者各一名であつて、両車には重量差があり、従つて衝突時の衝撃に伴う移動態様も異なること、両車の破損状況は、甲車は右前部が大破し、前部バンバーの右半分から前照灯部にかけてぐにやぐにやにつぶれてめり込み、ボンネツトが曲つてめくれ上り、乙車は右前部が大破し、フロントガラスが粉砕され、右前照灯部から右ドアにかけて曲損し、右前輪はパンクしていたこと、路面には車両ともスリツプ痕は残されておらず、ガラス、泥等の落下物は中央線附近から甲車の停止位置前後にかけて集中的に散乱し、かつ甲車の停止位置の前面路上に同車のエンジンオイルが流出していたこと、以上の各事実が認められ、〔証拠略〕の結果中、右認定に抵触する部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実を総合するときは、乙車は事故現場の手前から中央線を超え、対向して来る甲車の車線内にやや侵出して走行し、急制動の措置を講ずることなくその右前部を甲車の右前部に衝突させ本件事故の発生をみたものと推認するのが相当である。

この点につき、被告植田は、甲車が進路前方の路肩から車道にはみ出て置かれていたリヤカーを避けるべく中央線を超え対向して来る乙車の進行車線に侵入した旨主張し、事故直後の目撃者である証人島村充治、同中川シズエは右主張のごときリヤカーが車道に三〇センチ位はみ出て置かれていた旨証言し(もつともその位置関係は両証言で食い違うが)、〔証拠略〕にも右同旨の記載があり、この点は一概に排斥し難いけれども、仮にかかる事実があつたとしても、前認定の道路状況等から考えて、そのことだけから被告植田の主張事実を推測することはできないし、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。その主張は採用できない。

ところで、乙車がどういう理由で中央線を超えたかについては証拠上不明である。そこでいかなる地点から中央線を超えたかについてみると、〔証拠略〕によれば、甲車の直前先行車の運転者である訴外山田は、本件事故の日の翌日に施行された実況見分に立会つた際、警察官に対し、「本件衝突地点より四〇・八メートル南の地点において対向乙車が急に中央線を超えて来るのを一五メートル前方に認め、危険を感じこれを避けるためハンドルを左に切つて加速しそのまま一九・五メートル進行したところ、後方でドカンという衝突音を聞いた。」旨指示説明していることが認められる。この点につき、前掲甲第六五号証、乙第二号証(乙事件)によれば、原告安楽は、事故の翌々日に施行された実況見分に際し、「対向車線を進行して来た乙車がにわかに中央線を超え始めるのを一七メートル前方に発見し、六・八メートル進行した地点で乙車と衝突した。」旨指示説明をしていることが明らかであり、〔証拠略〕中には、「北進車線を対向して来る乙車が急に中央線を超え四五度位の角度で自車線内に突込んできたため、ブレーキを踏んだり、ハンドルを切つたりする余裕もなく衝突した。」旨の部分があるけれども、前認定のような両車の破損状況、衝突態様に照らし、また訴外山田が事故に最も接着した時点における客観的第三者であること、中央線を超えたと主張されその主張に反駁を加えるべき立場の乙車の運転者訴外本庄が死亡していることに鑑みるときは、前記訴外山田の指示説明をその大筋において措信すべきものと考える。

そうすれば、乙車は何らかの原因で、衝突地点より南三〇メートル前後の地点から、すなわち原告安楽が気付くよりももつと前に中央線を超え、対向車線にやや侵出しながら走行し衝突地点に至つたものであり、甲車の運転者において衝突回避の措置をとり得ないほどの差し迫つた状況ではなかつたものと認めるのが相当である。

三  被告植田の責任

被告植田が事故当時乙車を所有していたことは当事者間に争いがない。ところで、被告植田は、本件事故は訴外本庄が無断運転中に惹起させたものであり被告植田は運行支配を喪失していたから自賠法三条の運行供用者に該らない旨主張するが、この主張は採用できない。けだし、なるほど被告植田が訴外本庄に対し明示的に乙車の使用を承諾したことを認めるに足りる証拠はなく、また同訴外人の乙車乗り出しの目的も証拠上不明ではあるが、〔証拠略〕によれば、被告植田は乙車を含め四台の車両を所有し身内の者だけで植田組なる商号で土木建築業を営み、乙車は作業所に、そのキーは事務所に保管していたが、その保管に特段の配慮は尽していなかつたこと、乙車の車台には「建設業植田組」と表示されていたこと、訴外本庄は自らも車を所有し後述のごとく食料品店等を経営していたが、月に一週間位朝目店の仕入れが済んで暇なときアルバイトとして被告植田の仕事に従事していたこと、両名は義兄弟の親密な関係にあることが認められ、反証はないところ、右事実によれば、本件事故当時において、乙車に対する被告植田の運行支配は未だ失われていなかつたものと認めるのが相当だからである。

そうして、前認定事実からすれば、乙車の運転者である訴外本庄に指定通行区分を遵守して運転すべき注意義務に違反し漫然中央線を超えて走行した過失があることは明らかであるから、同訴外人の無過失を前堤とする被告植田の免責の主張は、その余の点を論ずるまでもなく理由なきに帰し、結局被告植田は自賠法三条に基づく運行供用者責任を免れないものといわなければならない。

もつとも、前認定事実によれば、原告安楽においても、甲車を運転して南進し事故現場手前にさしかかつた際、前方をよく注視して中央線を超え自車線内に侵出して走行して来る乙車に逸早く気付くべく、これに気付いた場合にはブレーキをかけて減速し、あるいは道路左側にハンドルを切つて寄るなどの措置をとり乙車との衝突を避ける注意義務を負担していたと解されるから、これを怠り漫然中央線寄りを減速せずそのまま直進し本件衝突事故をみた点において運転上の過失を免れず、原告安楽の賠償額算定に当つては、これを斟酌し損害額のほぼ三分の一程度の減額をするのが相当である。

四  損害

(一) 原告花岡について

1 治療関係費 金二七一万七三一九円

(1) 治療費 金二〇〇万七四一九円

〔証拠略〕によつて主張どおりの金額を認める。

(2) 個室料 金三八万四〇〇〇円

〔証拠略〕により主張どおりの金額を認める。

(3) 付添看護費 金二三万一〇〇〇円

〔証拠略〕を総合し、吉田病院の入院二三一日間につき一日金一〇〇〇円の割合で計算した金二三万一〇〇〇円の限度で認める。

(4) 入院雑費 金六万九九〇〇円

経験則により主張どおりの金額を認める。

(5) 交通費 金二万五〇〇〇円

〔証拠略〕によつて主張どおりの金額が認められる。

2 逸失利益 金一八四万四五二一円

前認定事実によれば、原告花岡は、事故後九か月間は労働能力を全面的に喪失し、その後少なくとも六三歳までの五年間は労働能力の五〇パーセント程度を喪失したものと推認するのが相当である。ところで、〔証拠略〕によると、原告花岡は、電話工事関係の仕事をしている夫それに娘夫婦から成る一家の主婦として家事労働をするとともに、自宅に簡単な御堂を構え神仏宗阿弥陀仏教の教祖として宗教活動に従事していたことが認められるが、右宗教活動による主張の収入額については、〔証拠略〕をもつてしても当裁判所の心証をひくに足らず、他に右主張に副う的確な証拠はないので、かかる場合には、対応年齢(五七歳)の全産業常用女子労働者の平均賃金を下らない収入があるものとして逸失利益を算定するのが合理的である。そして昭和四六年度賃金センサスによれば右収入額は一か月平均金五万二四二五円(きまつて支給する現金給与額金四万三一〇〇円、年間賞与その他特別給与額金一一万九〇〇〇円)となるから、原告花岡の逸失利益の現価は、ホフマン式計算により次の二口

52,425円×9=471,825円

52,425円×12×0.5×4364=1,372,696円

を合計した金一八四万四五二一円となる。

3 慰藉料 金三〇〇万円

諸般の事情を総合斟酌し右金額をもつて相当と認める。

4 損害の填補 金三九八万円

以上の合計金七五六万一八四〇円より原告花岡の自認する自賠責保険よりの給付金三九八万円を控除すると賠償額は金三五八万一八四〇円となる。

5 弁護士費用 金三五万円

右金額を被告植田に負担させるのが相当である。

(二) 原告安楽について

1 治療関係費 金一六万四一九〇円

(1) 治療費 金一五万七三九〇円

〔証拠略〕によれば主張額の支出が認められるが、原告安楽の前記過失を斟酌すると、賠償額は金一五万七三九〇円となる。

(2) 入院雑費 金三二〇〇円

経験則により一日当り金三〇〇円の割合で計算し、かつ原告安楽の前記過失を斟酌すると、賠償額は金三二〇〇円となる。

(3) 通院交通費 金三六〇〇円

〔証拠略〕により主張額の支出が認められるが、原告安楽の前記過失を斟酌し、賠償額は金三六〇〇円と定める。

2 逸失利益 金四二万一五〇〇円

〔証拠略〕を併せ考えれば、原告安楽は、事故後約五か月間は労働能力を全面的に喪失したものと認めるのが相当である。〔証拠略〕によると、同人は事故当時紳士服の製造販売の仕事をしていたことが認められるところ、その純益についてはこれを認めるに足りる的確な証拠がないので、昭和四六年度賃金センサスによる対応年齢(四〇歳)の全産業常用男子労働者の平均賃金である月収金一二万六四五〇円(きまつて支給する現金給与額金九万六七〇〇円、年間賞与その他の特別給与額金三五万七〇〇〇円)を基礎とすることとして右五か月間の逸失利益を算出すると、金六三万二二五〇円となるが、賠償額は原告安楽の前記過失を斟酌し、金四二万一五〇〇円を相当とする。

なお、原告安楽は、後遺症による逸失利益をも損害として主張しているが、前述のとおり、同人の後遺症の内容は歯の障害を主とするものであつて、右障害は同人の年齢、職種に照らし、その労働能力に直接的に影響を及ぼすものとは考えられないから、この点は、慰藉料の斟酌事由の一とするに止め、主張のごとき損害としては肯認しない。

3 慰藉料 金八五万円

原告安楽の前記過失その他諸般の事情を総合斟酌し右金額をもつて相当と認める。

4 損害の填補 金一二二万六七五四円

以上の損害合計金一四三万五六九〇円より原告安楽の自認する自賠責保険よりの給付金一二二万六七五四円を控除すると、賠償額は金二〇万八九三六円となる。

5 弁護士費用 金二万円

右金額を被告植田に負担させるのが相当である。

五  結論

そうすると、原告花岡、同安楽の被告植田に対する本訴各請求は、以上の損害合計(原告花岡につき金三九三万一八四〇円、原告安楽につき金二二万八九三六円)とこれより弁護士費用を控除した残額(原告花岡につき金三五八万一八四〇円、原告安楽につき金二〇万八九三六円)に対する訴状送達の日の翌日である昭和四八年四月一八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の各請求は失当として棄却を免れない。

第二乙事件について

一  事故の発生

本件衝突事故の発生とその態様は前記第一の一、二に認定説示したとおりであり、右事故により乙車の運転者である訴外本庄が即時現場で死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被告安楽の責任

被告安楽が事故当時甲車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないところ、同人に運転上の過失が認められること前記第一の三に説示したとおりであるから、その無過失を前提とする被告安楽の免責の主張は、その余の点を考えるまでもなく排斥を免れず、被告安楽は自賠法三条に基づき訴外本庄ないしその相続人に生じた損害の賠償責任に任ずべきである。

しかし、訴外本庄に過失があることもまた右同所に説示したとおりであるから、右賠償額の算定に当つては、これを斟酌し損害額のほぼ三分の二程度を減額するのが相当である。

三  損害

(一) 逸失利益

〔証拠略〕によれば、訴外本庄は、事故当時満四九歳(大正一一年一月八日生れ)の健康な男子であつて、妻(原告志ずゑ)と子供一人(原告郁雄)から成る一家の支柱者として、妻とともに、生魚、乾物、野菜等の食料品小売業とたばこ販売業を営んでいたことが認められ、またアルバイトとして被告植田の土木建築業の手伝もしていたことは先に認定したとおりである。ところで、右収入額についてみるに、〔証拠略〕によれば、訴外本庄は昭和四六年度における町県民税の基礎となる所得として年間金八九万五〇八三円の営業所得を申告していることが認められるが、〔証拠略〕によると、これは過少申告であることが認められるので、逸失利益の計算上右申告所得金額を基礎とするのは相当でなく、より合理性の高いものとして、昭和四六年度賃金センサスによる対応年齢の全産業常用男子労働者の年間収入額である金一五一万七四〇〇円(きまつて支給する現金給与額金九万六七〇〇円、年間賞与その他の特別給与額金三五万七〇〇〇円)を基礎とすべく、そのうち生活費に支出される分は経験則上三割を超えることはないと考えられるから、同訴外人が本件事故に遭遇しなければ満六三歳に達するまでの一四年間にわたつて得られたであろう純益の現価をホフマン式計算によつて算出すると、

1,517,400円×(1-0.8)×10.409=11,056,231円

金一一〇五万六二三一円となる。

そこで、訴外本庄の前記過失を斟酌すると、賠償額は金三六八万五四一〇円となるところ、同訴外人の相続関係が原告ら主張のとおりであることは、前認定事実によつて明らかであるから、結局右逸失利益の賠償請求権については、原告志ずゑにおいて三分の一に相当する金一二二万八四七〇円、原告郁雄において三分の二に相当する金二四五万六九四〇円宛相続したものというべきである。

(二) 葬儀費用

〔証拠略〕によれば、同人は訴外本庄の葬儀を営みその費用として金六〇万円を下らない支出をしたことが認められるが、訴外本庄の前記過失を考慮し、賠償額は金一〇万円が相当である。

(三) 慰藉料

訴外本庄の前記過失その他諸般の事情を総合斟酌し、原告志ずゑにつき金六〇万円、原告郁雄につき金一二〇万円をもつて相当と認める。

(四) 損害の填補

以上の損害合計(原告志ずゑにつき金一九二万八四七〇円、原告郁雄につき金三六五万六九四〇円)より原告らの自認する自賠責保険金からの損害填補額(原告志ずゑにつき金一六六万六六六六円、原告郁雄につき金三三三万三三三三円)を控除すると、賠償額は原告志ずゑにつき金二六万一八〇四円、原告郁雄につき金三二万三六〇七円となる。

(五) 弁護士費用

原告らそれぞれにつき金三万円をもつて相当と認める。

四  結論

そうすると、原告志ずゑ、同郁雄の被告安楽に対する本訴各請求は、以上の損害合計(原告志ずゑにつき金二九万一八〇四円、原告郁雄につき金三五万三六〇七円)とこれより弁護士費用を控除した残額(原告志ずゑにつき金二六万一八〇四円、原告郁雄につき金三二万三六〇七円)に対する本件事故発生の日である昭和四六年一一月一七日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の各請求は失当として棄却を免れない。

第三結語

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例